2011年06月25日

シャドウ・ヨーガを考える

以前先生が

[ヨーガは人生とは逆である]

とお話しされました


この言葉Lifeを人生ととるか生命ととるかでまた意味が違ってくるのですが

この後参加された人たちとその意味についてずいぶん語り合ったものです

先生からは補足としてこんな話が


例えば

さ、今日もヨーガの練習をしよう!

と意欲を持ってマットに上がったらそれはもうヨーガではない


何かしようと思うとき、思い行動を起こすとき

そこには必ず結果が伴います

しかしその結果は自分の思い描いているものとは限りません

その思いの発端には欲があるからです



これが生きることの根にあるものです


生きるということは欲することから始まります

ことを起こし結果が起こり

そこに感情が生まれます

そして執着を生み育てていきます

それはまた自己完結しているものではなく

直接かかわりのある人から直接的には全くかかわりのない人までも

相互に影響し合っているので、どんな結果が引き起こされるのか

結果を見るまで図りえないものです



では何もしないで生きていけるのか?


それは不可能ですよね

生まれ、生きること事態が

生きることを欲することから始まっているからです


う〜ん、面倒ですね


エネルギーの話にしてみましょう


手をこすり合わせると熱が生じます

発火しやすい物質をこすり合わせると

化学反応を引き起こし火という物質に変化します

その熱によって暖められた他の物質がまた化学変化起こし‥

と次々に大きなエネルギーへと変換していきます


エネルギーには意思があるのでしょうか?


そこにあるのはそのものの持つ性質です

エネルギーが多く集まればその性質は強まり

少なくなれば弱まります

しかし全く無くなることはありません

それがこの物質において世界を成らしめているルールだからです

もう一度

では意思があるのか?

バランスを保とうとする性質

勢いの強いほうにひかれる性質

強いものはより強くなろうとし、弱いものはさらに弱まっていく

あるのはその事実とルールだけです


さてヨーガの話にもどって

ヨーガをするとき

何かをしようとする意思や欲を消し去ることはできません

でも多くの欲求を捨て去って

ただヨーガをすることだけに集中して欲望を小さく、小さく

そして自分が向かう相手はエネルギーの動き

そこには欲はなく

エネルギーとしての性質があるだけ

何かをしたいとか、うまくやりたいとかなんだかんだの思いはなく

ただひたすらエネルギーの動きを追い、身をゆだねる


さて、どうでしょう?

どう思われますか?


あ〜もちろん

ごくごく簡単に

端折って書いています

突っ込みどころは多々ありますが‥



私のいるアパートメントの窓から今見える景色は

お墓です

おびただしい数の墓石

そのすぐ向こう側は小学校で

今グランドでは子供たちがバスケットボールをして元気に遊んでいます


墓石と子供

この究極の風景


そんな景色を眺めていたら


このようなことを書いてみたくなりました


人生は面白い


庵主
posted by 庵主 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | yoga
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/46341360
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック